「故郷は遠く…」 by文鎮あるじ

空には雲一つ無く、それはとても綺麗な秋の月夜のことだった。

あるじ「…久しぶりに山に星を眺めにでも行ってみるかな」

月明かりのおかげで足下が照らされ山に登るのには苦労しなかった。
山に立てられた東屋に一人星を眺めている人影が目に入ってきた。

邪魅「…はあ」
あるじ「どうしたんだ、邪魅?溜め息を吐くなんて珍しいじゃないか。何か悩み事でもあるのか?」
邪魅「あるじ殿…いや、拙者がこの国に来た日もこんな綺麗な月夜でござった、と思ったのでござる」
邪魅「こんな夜にはふと思い出すのでござる。故郷のこと、家族のこと、友のことを…」
あるじ「…邪魅は大陸から渡ってき来たんだっけな…、やっぱり寂しくなったりするのか?」
邪魅「寂しくない…といえば嘘になるでござる」

呟く彼女の瞳はどこか遠くを見ているようでもう戻れない過去の記憶を辿って居るようだった。

あるじ「故郷に…帰りたいと思ったことはないのか?」
邪魅「もちろん、あるでござるが魂魄は誰よりも侍らしくとなかなか行動に移せなかったのでござる」
あるじ「まあ、寂しいって気持ちは俺も分かるな。故郷を離れて大学に通ってたしな」
あるじ「俺も…寂しかったよ。でも、今は猫又たちも一緒だし今の生活は楽しいと思ってるよ」
邪魅「拙者は侍になるという思いだけで渡ってきた故、楽しいとかはあまり思ったことはないでござる」
邪魅「唯一の楽しみと言えばこんな夜に一杯やることぐらいでござるかな…」
あるじ「何か俺、邪魔しちゃったか?」
邪魅「…いや、構わないでござるよ。あるじ殿も一杯どうでござるか?」

ほれ、と言って、酒の注がれた華美な装飾が施された杯を差し出してきた。

あるじ「ん…、折角だし、ご相伴に預かるとするかな」

利器土「妖力ヲ感知!
征討セヨ!
征討セヨ!」

あるじ「酒くらいゆっくり呑ませてほしいんだがなっ」

(利器土と戦闘)

邪魅「利器土も追い払ったしでは、改めていただくよ…」
あるじ「しかし、良いものだな。こうして月を見ながら酒を呑むというのは。なんか落ち着いて」
邪魅「そうでござるな…。特に秋は涼しくて風も気持ちいいでござる」
あるじ「今更なんだが、邪魅はこの山に一人で住んでいるのか?」
邪魅「侍と言えば山籠りかな~…なんて、安直な考えでござったかな…」

そう言って自虐的に彼女は小さく微笑んだ。
しかし、その顔は幸せとはほど遠く、どこか痛々しささえ感じるような笑顔だった。

あるじ「なあ…、家で一緒に暮らさないか…?」
邪魅「あるじ殿の屋敷に…でござるか」
あるじ「ああ…どうせ猫又たちも居るし、一人増えた位じゃ大差ないだろうしな。もちろん強制はしないさ」
邪魅「…本当に行ってもいいのでござるか?」
あるじ「皆、気の良い奴らばかりだぞ。少し煩いくらいだぞ」
邪魅「めっ…迷惑では…」
あるじ「大丈夫だよ…」


少しの沈黙のあと邪魅は小さく頷いた。

その後、三日も経たないうちに邪魅は家に引っ越してきた…が

邪魅「あるじ殿~、お酒がもう無いでござる~、おかわりはまだでござるか~?」
あるじ「ったく仕方ないな…。今、持ってきてやったぞ」
邪魅「待ってたでざる~。あるじ殿好きでござる~、愛してるでござるよ~」
あるじ「はいはい…そりゃ良かったな…」
邪魅「イヤでござるぅ。あっ、そうだあるじ殿、チューするでござるよ、チュー」
あるじ「バッ…!呑みすぎだぞ、もういい加減にしておけよ」

邪魅は酒を持っていない左腕で俺の身体をぐいっと強引に引き寄せる。
そうして引き寄せられるままになり、俺の顔と邪魅の顔との距離が急速に縮まる。
邪魅は耳打ちするかのように

邪魅「これでもあるじ殿には感謝しているのでござるよ。でも…その…素面では恥ずかしいでござるから」
邪魅「それに、言葉で伝えるのは苦手でござるから…」
邪魅「えいっ」


俺の頬に柔らかく、ほのかに温かい感触が伝わってくる。

邪魅「…だから、これは、拙者からのほんのお礼の気持ちでござる」